2020年06月04日

人生とは何で出来ているか

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人生とは選択の連続である。
選択した道を進むと、
そこからさまざまなことを体験し
受け取り、それをもとに思考が発展する。
その思考が後の選択に影響を与えていく。

重要なのは、
きちんと自分の意思で選ぶことだ。
自分で選ばないと
選択した道に責任が生じない。
誰かの選んだ道だから。
自分が選んだんじゃないから。

そういう言い訳ができてしまう。
それはそれで楽だが「自分」はできない。

選択が人を作る。
まずは選択を恐れないことだ。
恐れないためには、
なぜ恐れるのを知る必要がある。
恐れの根源は人それぞれ、少しずつ異なるだろう。
なぜ選択を恐れるのか?
聞いてみる。自分の心に。
まずは自分を知るための
アプローチをしてみることだ。

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2020年05月31日

嫌悪を感じたものを悪だと判断する人は非常に多い

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嫌悪を感じたものを悪だと
判断する人は非常に多い。
彼らは悪いと決めてから
その理由を探すので、
「悪い」以外の結論にたどり着くことは
ほとんどない。

なぜかというと、
動物は生につながることは快楽を、
危険が迫ることには嫌悪を感じるように
できているからである。
だから危険を感じて、嫌悪の対象に
怒りを向けたり怖れを感じたりする。

人間は知恵を得たために自分の存在の正当性を
証明しなければならなくなった生物
である。
それはもちろん「自分の考えが正しい」
ということも含まれている。

自分が嫌だと思うことは
したくないし、
世の中にないほうがいいと感じる。
その多くは自分のアイデンティティを脅かす主義主張、
または自分の正当性を脅かす、反対意見である。
つまり
「正しい自分」が「不快に思う」ということは
「相手が間違っている」、「悪」という結論を出す。

そしてそれは、冒頭のように
なぜ悪なのかという理由だけを探す
(確証バイアス)ので、
結論が変わることはない。
感情と結論を切り離せない。
せいぜいSNSなどで大勢に叩かれ、
自分の正当性が危うくなったときに
意見を引っ込めたりするくらいのものである。

しかしこれは自分も含め
多くの人が陥りがちな罠なので
気をつけたい。
だから日本人は議論が下手だといわれるのだ。
posted by ちゃぼ at 10:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鼻息の荒い正義

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推測で誰かを批判しない、
ということはとても大事だが
かなり多くの人が、

〇〇だったんだって?
そしたら▲▲に違いない!
アイツは絶対やってるよ!

みたいな雑な推論を
それが完全に正しいかのように
突きつけようとする。
そういう人が増えれば増えるほど
大きなうねりになって、
「ホラ、俺の言ってることは正しい!
 たくさんの人がそう言ってるから」

とまるで持論が証明された気分になる。
推論が正しいこともあるだろう。
だけどこのやり方は建設的ではない。
結局は不快な感情をもとに、
相手を批判する論理を構築しているだけだ。
勿論、情報を収集し的確な論理を構築する人もいるが
自分がそうだと信じすぎてはいないか。

いま槍玉に上がってる
テレビ番組に対してもそうだろう。
また、政権に対してもそうだ。

例えばテレビ番組には雑な推論で批判しながら
安倍政権に対しては雑な推論は許さない、
「あいつらははじめから決めつけるバカだ」
みたいな態度は非常によく見かける。
自分がそのようなやり方をしているのに
自分が好きなもの、信じるものに
同じことをされると憤慨して、
何も知らないバカだ、情弱だと断ずる。
誹謗中傷はダメだ、という意見に拍手喝采を送るが
誹謗中傷のもとになったところへは誹謗中傷を送る。

このことが
人間は主観で生きており
自分を棚に上げる生物だと証明している。
そこに気がついて、相手側の立場を推測し、
冷静な意見や選択ができるようになるのが
民度というやつではないのか。

鼻息の荒い正義に
簡単に巻き込まれてはならない。

posted by ちゃぼ at 09:31| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月29日

それ、ただの辻斬りじゃないの

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方程式の代入の値が間違っていて
答えも間違っているのに、

あんたが言ってるのはこういうことでしょ?
ホントに最悪!バカなんですね!

みたいな迫り方をする人が
結構多くて、辟易する。
SNSが急速に発展して、
議論をしたがる人が増えた。
もとい議論というより
正義の名のもとに誰かを攻撃して
気持ちよくなりたい人が増えた。
その大半は思い込み、
バイアスから逃れられない。
自己の損得と感情から離れられない。

それは、建設的な議論になってますか?
ただ勝てる議論がしたくて
正しいと思い込んだ立場から
斬りかかっているだけになってませんか。

posted by ちゃぼ at 17:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月26日

バランス至上主義

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文明が進んで、
できるだけ面倒な人間関係を構築せずに
自分だけの世界で生きていく、
テリトリーさえ守れれば他人はどうでもいい。
そういう個人主義が育ってきた。

それはこれまでの
「他者のために自分が犠牲になるのが美徳」
とする観念を、社会が強制してきた時代の
反発なのかもしれない。

それらはバランスである。
どちらも必要な考え方だが
どちらもいきすぎるとよくない。

自然というものは常に不安定で、
その中で生きる生物は、
偏ることよりバランスを保つことで
ある程度の安定を構築し生き残っている。

「これが正しい」という決めつけは
固執しすぎると周りが見えなくなるし
放棄すると自分がなくなる。

すべてはバランスだ。
バランスを取る能力こそ重要なのだ。

これからは経済が崩れて
どうしても他者との面倒な関わりは増えていく。
ここまで国の豊かさを背景に
個人主義で生きてきた人たちは、
テリトリーから引きはがされて
ストレスを抱えることになるかもしれない。

posted by ちゃぼ at 10:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

かえりみろ

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大したこともできねえくせにわかった顔で
腰を下ろすのは
まだまだ先でも間に合うはずさ

と、
BOΦWYの曲にある。
「MASS AGE」という曲だ。(※歌詞リンク)


低いところを目標にしてると
つまんないことに腹が立ったり、
恥をかくことを嫌がったりして
必要なことをやれない。

鉄は熱いうちに打てという。
苦労は買ってでもしろという。
でも大半の人は
自分は大した価値のある人間だと思って
人の言うことを聞かず、努力を怠り、
時間だけが過ぎていき、
実力もないまま、
それを認める勇気もないまま、
あきらめることもできず、
哀れなピエロになってしまう。



posted by ちゃぼ at 23:00| 東京 ☁| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

真剣なる

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「面白い」も
「つまらない」も
主観のひとつにすぎない。
けど創作に携わる人間が
それらを表明する時には、
自分の基準で他人を裁くのだから、
普通より責任が重くなる。

各々、どんな理念、
どんな技術を持って
どんなものを作っているのか?
それが自分に返ってくるからだ。

創作に真剣に立ち向かっているなら
他者への評価も真剣にするがいい。
そうでないなら黙るがいい。

posted by ちゃぼ at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月05日

おさまらない話

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今夜もラジオです。
よろしくお願いします。

先週のグレタ・トゥンベリさんの話も、
今週の話も入りきらなかった。
何喋ればいいなーと思いながら
話し始めたら
どんどん長くなって収まらない。
編集で無理やり切るんだけど。

結論はどちらもだいたい同じ。
豊かになることは
滅びに近づくということ。
人間が年を取って死に向かうように
生命をまっとうしようとして
資源と時間を費やしていけば
死に向かうのだ。

それは全体的な傾向であって
人々の危機感が高まるまで
ダメになっていく。
人はダメになってから気づくのだ。
だから人は同じ過ちを繰り返すのだ。

それは人間が愚かだからとも言えるし
よりよい生活をしたいという
人間の根源的な欲求の行く末でもある。

このような働きこそが
宇宙の新陳代謝であり、
地球という星の上で
人も国も興隆したり
滅びたりを繰り返していく。

ここはそういうフィールドなのだ。
そこでどうやって生きるか。
日本は他より自由が許されているが
その自由や権利を、
みんなが自分だけのために使えば
衰退は免れないのである。


-----------------------------

【エフエムたちかわの聞き方】

ListenRadioのサイトから
世界中、どこでも聞くことができます。
携帯の方はアプリで聞けます。

ListenRadioのサイト(リンク)

【パソコンからは】
CATEGOLYの中から「全国のラジオ局」をクリックして
CHANNELの中から「関東」→「FMたちかわ」を選択します。

ちょっと重いかも。ロードが長いのでお気を付けを。

【スマートフォンからは】
スマホのアプリでも「ListenRadio」があって、
ちょっと宣伝がうっとおしい(笑)けど、
「Tuneln Radio」ほど音飛びしないので、
やり方さえ分かれば聞きやすいと思います。

アプリがリニューアルされて、
わかりやすくなりました!

アプリをダウンロードして起動したら、
選局で「FMたちかわ」を選ぶだけです。

終了するときは「アプリ終了」を選ばないと
バックグラウンドで動きっぱなしになるので気を付けてください。

posted by ちゃぼ at 13:16| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

この、世界に一つだけのココロ

演劇をやる人の中には、
自分には価値があるはずなのに
認められていないと感じている人
たくさんいる。
もちろんそうじゃない人もいるけど
やっぱりそういう人は多い。

だから、演劇をやる目的に
「自己肯定」と「他人からの承認」、
ということが入ってくる。
それは即悪いことではないけど
よくない方向に向かうことは多くある。

心というのは世界に一つだけ
自分が持っているものだから、
人はそこに価値を見出そうとする。
だけどそれがちょうどいいところで安定しない。
心はたいてい不安定で、
自信が持てなかったり、
過剰に自信を持ってしまったりして、
自分を傷つけたり、
他人を傷つけたりしている。
自己肯定は足りなくても、過剰でも、
ひずみが出る。

静かに自分を見つめる時間が必要だ。

研鑽を積むこと。
ほんとうに価値のあるものを
自分が作れると思うなら、
しっかり取り組んで、結果を出していく。
結果が出ても、
自分が自分を自分以上に評価していないか?

有り様を見つめていく。

posted by ちゃぼ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月07日

役者とは、比べたがる人種である。そして勝手に傷つく。

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人間は他人の評価を価値基準にすると
精神が不安定になって、
自信があったりなかったり、
人を尊敬したり見下したり、
無駄に忙しくなる。

そして役者はそういう人が多い。

それは芝居の世界が
選別される世界であり、
相対的に価値を測られているから、
と言える。
しかし、もともと自分の価値を
相対的に見る人が多いのも事実。

つまり
他の人から評価されている「自分像」が
自分の思う「自分像」より低いと感じる人が、
芝居を始める可能性が高いのである。
逆に他人の「自分像」の評価が高い場合、
わざわざ人前で他人に変身してみせる必要がない。
(純粋に演劇好きなら話は別)

だから大抵の役者は、
ナイーブで、過敏で、扱いが難しい。

俺もツイッターをやっているけど
自戒のために書いていることが、
時々「自分宛ではないか」とLINEで謝られたり
誤解を招くことが年に5〜6回ある。
まあ、汎用性があることを書いているから
思い当たる人は多いのかもしれないけど
もしそう思った人がいたとしたら、
本人が自戒すれば良いだけなので
俺は書くことはやめない。
そもそも誰も責めてないし。

コンプレックスは多くの場合
厄介な行動をとってしまう元なのだけど、
芝居の重要な原動力でもあるので、
持てあますほど強いコンプレックスを
持っている人こそ才能があったりする。

ただし才能があるから油断する
いうのも役者の常であり、
コンプレックスを
純粋に演技の研鑽に向けられる人は
なかなか少ない。

役者である限り、選ばれるために
当然、相対的な価値を高める必要があるが、
絶対的な(他人の評価で変動しない)
自分を育てる必要も、同時にある。

価値を他人に依存しないことで
オリジナリティが生まれる。

「踊らされるな」

posted by ちゃぼ at 22:43| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

そう言わなければ人として間違っている?

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多様性を認めるべきだ!というのは
意外と感情論が多くて、
「そう言わなければ人として間違っている」
から逃れたくて口にしていることが
ほとんどである。

論理的に考えれば、
そうそう無制限に多様性というやつを
受け入れるわけにはいかない。

多様性を受け入れるということは
自分たちの当たり前の事、決まり事を譲る
ということだ。
「自分たちの当たり前の事、決まり事」は
自分たちが生きやすい様に決めた事、
これまでそうやって生きてきた事など。
そういうものは文化や風土によって
時間をかけて出来あがっている。
多様性を認めるべき存在が入ることにより
彼らとともにあるためには、
どのような決まり事を作るかを
考える作業が生まれる。

このあたり、
人として当たり前だろとみんな言うけど
それは実際に、その人と関わって
我慢できる人が本来、言うべきことである。

自分と他人の境界線の譲り合いだ。
無制限に譲れば自分が削られるのは当然。
生きること、認め合う事、
分かち合うこととはそういうことだ。
自分が我慢する、という理屈はいい。
でも恋人は?家族は?友人は?

また、受け入れるということは
ともすれば、相手に変化を要求せず、
自分が変わっていけばいい、
という理屈になりがちだ。
そこもキチンと切り分けないといけない。
お互いに生きやすく、
価値のあることでないと意味がない。
「多様性を認める」ってのは、
他人の多様性だけじゃなくて、
自分らの多様性が認められる権利もあるはずだ。

なにをどこまでどうやって線を引くかは
頭の良さと冷静さが絶対必要だ。

posted by ちゃぼ at 08:57| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

誰に認められるべきか

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人は誰でも認められたい。
人間は意志を持ち、言葉を手に入れ、
自己の存在を認識できるようになった。
人が生存のために社会を形成してからは、
生きていく理由と存在の証明を求められている。
社会の中で本能は、単純な生命の維持だけでは足りず
生存が脅かされると感じているのだ。

人は自信がないほど存在の証明に固執する。
たとえば
成績がどれだけいいか、
運動がどれだけできるか、
お金をどれだけもっているか、
有名人とどれだけ知り合いか、
友人がどれだけ多いか、
どれだけ愛されているか
どれだけいい子でいられるか。

私は生きていていいのだ、という根拠。
それを強く感じていたいということ。
名声や権力を求める欲求。
人より優れていたい。
自分より多くを持っている者を貶めたい。

誰に認められたいのか。
誰に認められるべきか。

それを見つけることが、とても大事だと思う。
どういう物差しでそれを判断するか。
その見識と決断力を身に着けることで
承認欲求はある程度はコントロールできる。
認められたい人を決めるということは
生き方の方向をつけることだ。

本当に自分を認めてもらいたいと思える人は、
それほど多くはないだろう。

posted by ちゃぼ at 14:49| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

漂白された「正しいこと」を求める人たち

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大人になっても愛情や承認を渇望し続ける人間は
どうすればそれらを得ることができるか
おそらく今でも分からない人間であり、
多感な頃、欲しい分だけ受け取れなかった人間である。
だから、世の中で認められるために、
わかりやすく「道徳的に正しいこと」をする。

愛が欲しくて得られる方法がわからなくて
「正しいこと」に一生懸命になる。
そのうち、「正しいこと」をしてないのに
愛されたり認められてる人が目に入ってくる。
イライラする。
自分はこんなに正しいことを頑張っているのに
あいつは自分より正しいことを頑張ってないのに
なぜ?
自分より可愛くないのに
自分より優れてないのに。

そうして他人に嫉妬と憎悪を向けて、
その分、さらに優れていようとして
自分に対するハードルを高くする。
だけど今度はハードルが上げすぎて、
自分で自分をも認められなくなる。
調子悪いときも疲れているときも
ハードルを超えたがるから。
それで自分を許せなくなる。
自分の定規で他人を測って、
そして他人も許せなくなる。
そのうち逃げていい理由を探しはじめ、
それで自分はダメな人間だと思いこんだり
これで良かったんだと思いこんだりする。

結局、自分に対する要求を満たせなくて
いつもイライラしている。
いつも自分はダメだと思っている。
自分で設定したはずのハードルに打ちのめされる。

自分を許せない人は
自分に怒りを向けている。
他人だって自分を許せないと思いこんでいる。
自分より愛される人間というモノは
自分より優れていなければならないと信じている。
そうでないものは「不当なもの」。
その定規、ハードルを持っている限り、
他人とも仲良くできない。


posted by ちゃぼ at 10:05| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

いつも自分に足りないものがある

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いろいろとストレスがかかるのは
役者としても脚本書く人間としても重要なこと。
「なんでだろう?」をたくさん考えるから。
その時苦しかろうが、
そこで掴みとった答えが
あとで自分の力になる。

いま持っている能力は常に足りない。
延ばし続けたとしても寿命が足りない。
だからずっと戦い。表現は。
だから戦わなくなったら終わり。

楽な方を選んだら終わり。

posted by ちゃぼ at 22:12| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

本気でやりたいことなのに

思いっきり何かをやる、というのは
意外と難しいものだと感じている。
みんな思い切りやりたいはずなのに
なぜかそれができない。
でもどこか自分は思い切りやれると信じている。
だったら信じた物を形にする
方法を探さないと。
やりたいことなのに
いつまでも本気を出せずに終わる。
posted by ちゃぼ at 23:12| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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