2020年11月04日

未来に向けて

そういえば、本番終わった後、
生配信などでバタバタして
最後の挨拶とかしてなかったので
(このご時勢で打上げもできないのもあり)
この文章を記しておきます。

これは本番が終わるたびに
言っていることだけど、
本番が終わった直後は
成長のゴールデンタイムです。

本番はうまくいったことも
うまくいかなかったこともある。
それらは
なぜうまくいかなかったのか?
なぜうまくいったのか?

実は、本番が終わってから
稽古中にはできなかった表現が
やっと出来たりします。
「木を見て森を見ず」という諺がありますが
役者は稽古中は役に近すぎるので、
木しか見えていないことが多々あります。
それが本番が終わると、
責任の重圧から解放されて
その分想像力が自由になり、
客観的に役や、自分を観察できる。

もちろんプロは本番で実力が
発揮できることが重要です。

でも、もしも、
たとえ本番が終わった後だとしても
自分がやりたかった表現を見つけられたら
それは必ず未来の舞台に生かせる。

失敗や後悔は未来へのエネルギーです。

「あー、終わって良かった、楽しかった」
だけで終わらせず、振り返りは必ずやろう。
舞台稽古はワークショップではないので
本来、ついていけない人は置いて行かれます。

一生の間に稽古も本番も
数えるほどしか経験できません。
無駄にしている時間はないんだから。

役者にとって本番は宝物です。
一回一回の本番を大切にして
そこから得られるものは
すべて自分の力にして、
次に行ってほしいと思います。

なんのために舞台をやっているのか?
まあまあの演技なんていらない。
まあまあの面白さなんていらない。
圧倒的を目指しましょう。

おつかれさまでした。
posted by ちゃぼ at 07:55| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月12日

演技がうまくなりたい

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演技とは何か?
なにを演じる?
なぜお客さんは役者に共感できるのか?

演技とは「人間あるある」だ。

演技は結局のところ人間を生きることである。
そしたら演技が上手くなるためには
人間を観察することが必要だとわかるだろう。

演技が上手くなる方法を聞かれた時にこれをこたえると
なんだよ、そんなの当たり前じゃん!
もっと演技に効く裏技とかが欲しいんだ!
と思ってしまう人は本質が見えてないので
むしろそっちの方が問題だ。
俺もそういう人が多いおかげで、
これまでのようになんでもかんでも
重要な答えを誰にでも伝えたり、
書いたりすることを減らしている。

ほとんどの人の人間観察とは
「あの人面白いなあ」くらいの
単なる変わった人探しに終始している。
見て、感想を持つだけで終わっているのだ。
ちゃんとした人間観察をできる人は、そもそも
ある一定の演技レベルを超えているものだ。

人間観察は他人だけでなく
もっとも重要なのは自分を観察することである。

posted by ちゃぼ at 17:00| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月14日

台詞のリズム

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台詞のリズムは非常に重要で、
リズムをコントロールすることで
台詞が聞き取りやすくなることはもちろん、
意味が伝わりやすかったり、
相手に華を持たせたり、
逆に落としたりできる。

駆け出しでもセンスのある役者なら、
自分と、うまいと言われる役者の台詞を
比べたことがあるだろう。
そして気づくはずだ。
芝居が上手い人はリズムがいいことに。

リズムは台詞だけのものではない。
その人間のベースとしている
内的なリズムが存在し、
役作りにもリズムは役に立つはずだ。
演技に一貫性のない役者は
リズムが乱れていることが多い。

自分という人間にもリズムはある。
それは生き方のクセに繋がっているだろう。

いわゆる人間観察というのは
そういうところを観察できなければ
演劇的にはあまり意味をなさない。

posted by ちゃぼ at 18:36| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

演技力を高くしたい?

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みんな演技力が高くなりたいっていうけど、
そもそも「演技力が高い」って
どういう状態のことを言ってる?
その辺がみんなアバウトなんだよな。
目指すものがなんなのか知らなければ
どういう努力をするべきかわからないじゃん。

声が通る?
滑舌がいい?
感情が豊か?
基礎をやってればたどり着ける?
いやいや。
もちろん演技力は総合力だから、
声も感情の発露も含まれるよ。
でもそれくらいなら
そこら辺の役者、みんなできるじゃん。

その上でだ。

ブログとか、Twitterとかで
俺が口酸っぱく言っていて、
みんな「そうだよなー」って思っても、
ポンと質問すると何が答えだかわからない。

それはやっぱり
実感してない=腑に落ちてないってことなんだよな。
聞かれるんだよね、よく。
「どうやったら演技力が高くなりますか?」って。
ブログにもTwitterにもすでに答えは書いてある。
けど読んだ上で聞いてくる人もいる。
お手上げじゃないか!
つまり、これは、口で説明したところで
「なるほど、そういうことですね!」
といって、その結果、全く身にならないパターンだ。
ここまで一人の役者が
めちゃくちゃ苦労して、戦って、恥かいて、泥にまみれて
ようやく辿り着いた、誰もが簡単に教えてくれない、
ワークショップで何万も取って教えるような、
演技の真実に迫る答えを簡単にパッと出したところで、
それは価値にはならないということなのだ。
何万も取る、ということによって、
これは価値があることなんだとようやくわかる……みたいな話だ。
まあ、そういうのは無駄だと思ってるけど、
価値を高めるために相応の金額を払わせることが
必要なのは真実で、世の中そうやって回ってるわけだね。
高い金取ってくだらないこと教えるとこも多いと聞くけど。

だから、
どうやったら演技力が高くなりますか?
演技力が高い状態って例えばどんなのだと思うか
ちょっと前から聞き返すことにしている。

どうですか、その辺、どう思ってるんですか?

posted by ちゃぼ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月15日

全体を見て演技を決める

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全体を見て演技を決める。
ってすごく大事なことなんだけど、
出来てない人の方が圧倒的に多い。
本番になってからやっと流れを感じ取る
という人が、体感ではかなり多い。

そういう人たちは、自分の出番や、
自分の台詞の言い方は必死に考えるけど
他の人の出番や、台詞は気にしていない。
稽古中はシーンの繋がりが見えてなくて、
「この話、ほんとに面白いのかなあ?」
と思っているが、お客さんの反応を見て、
「あっ、この話面白いんだ。
 もっと頑張って宣伝すればよかった」
みたいなことになる。

なんで最初からわかってくれないのか?
脚本に興味がなさすぎではないのか?
と思っていたけど、最近は
単純に読解力、想像力の問題だと思っている。

このシーンを演じた時に、
お客さんの気持ちがどう動くか?
ということを追うことができていないのだ。

それを追えないということは、上演中、
お客さんの心情がどのように変化しているか
理解できないということであり、
つまり演技プランは「ただ上手にやる」以外を
選択することができないということなのだ。

「ただ上手にやる」ことから
いい演技は生まれないというのに。

posted by ちゃぼ at 23:03| 東京 🌁| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月13日

演技がうまくなるゴールデンタイム

舞台は、稽古から本番まで
凝縮した時間を生きるので、
公演が終わったあとは
通常の時間の流れに戻り、
本当にあっという間に時間が流れる。
一週間も経って次の日曜日になると、
もう公演が一か月前に思えるくらいだ。

「ああ、あの頃、舞台に立ってたなあ……」

舞台のウラシマ効果である。
どんなに頑張って作っても、
いやむしろ頑張って作った方が、
その感覚は強くなる。

ぼーっとしていると、
ただ郷愁とともに流れていってしまうが、
しかし
演技がうまくなるゴールデンタイムは
本番終了後にあることを、
ほんとうに芝居ができる人は知っている。
台本と、演じた役から少し距離をおいて、
俯瞰して見つめることができるからだ。
もう一度作品と自分自身を見つめなおして、
台本を読みなおしてみる。台詞を喋る。
ミスも、成功も、次の演技に生かす。
すべてを糧にする。
そういう人がぐんぐん成長していく。

posted by ちゃぼ at 17:00| 東京 ☁| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月11日

意味が通れば

これ、脚本に書かれた意味を
きちんと通せば
それだけで面白いのに
なあ
ということは結構ある。

なんというか、
脚本が面白いから面白い、というシーンを
役者が面白さの手柄を欲しがって
余計なものを足したり、
ひねった喋り方をしたりすると
リズムが悪くなったり、
お客さんの理解がついてこなかったり
伏線なのか、アドリブなのかわからなかったりする。

あとは、滑舌。
どんなにいい台詞でも
滑舌がわるいと
「今なんて言った??」ってなる。
早すぎて聞き取れなかったり、
口が回ってなくて違う単語に聞こえたり。
脚本に無駄がないと、
ほとんど全部の台詞が重要になってくるので
気が抜けない。
気が抜けないはずなんだけど、
やっぱり滑舌のわるい役者というのは存在する。

この二つは役者にとって
非常に重要な能力のはずなのに
そろっている人をあまり見かけない。

posted by ちゃぼ at 21:43| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月08日

アドリブ

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舞台で、
アドリブがあったから面白い!
ってことは多いよね。

その半面、話の流れに沿ってないと
ただの役者の悪ノリになったりして
シーンが浮いてしまうことも多い。

勢いをつけたいとか
笑いを起こしたいとか
気持ちはわかるけど、
結果的に見ているお客さんの
理解の妨げになるならやらないほうがいいよね。

許されるシーンと
許されないシーンがあって、
許される役、許される作品、
そういうのをきちんと
把握する必要があるね。入れるならね。
お客さんの理解がついてくる早さも計算して
台詞が書かれていることが多いから。
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2020年06月02日

日常生活に関わるダメ出し

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演技のアプローチは、それぞれの
日常の思考の癖がもろに出るから
ダメ出しでは
そこに触れないわけにいかない。

もちろん演技が良ければ
日常生活にどうこう言わない。
でも多くの人が、
普段の生き方が、
演技に多大な影響を及ぼしている。

最近はSNSが流行して、
面と向かって話さなくても
自分の考えが表明できるようになった。
LINEもそうだし、TwitterもFacebookもそう。
他人には余計な干渉をされたくないし
自分も他人に余計な干渉をしない、
だってそれぞれに
思想の自由、言論の自由があって
とやかく言われる義務はない。
干渉することがどんどん減っている。
そういう時代。やがて、
「言葉を相手にかける」ことが苦手になっていく。

翻って演劇は、積極的に他者に関わっていく。
「人間関係」を描いた脚本がほとんどだ。

本来、人と関わるのはとても面倒くさい。
もちろん楽しいこともあるけど
イライラしたり、
忍耐が必要なことがたくさんある。
むしろそっちの方が多いという人が大勢いる。
だから人間関係は
必要最小限の接触で済ませたい、
と思うのは普通だ。
だけど芝居をするためには、
相手に関わっていかなければならない。

人間関係を避けようとする根底には
いくつもの「怖れ」がある。
それを観察し、少なくとも舞台の上では
その怖れは克服しなければならない。

役者の臆病が、役に伝染すると
役の人格が破綻してしまうから。

posted by ちゃぼ at 17:50| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

この役はここで何を考えていると思う?

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日本は恥をかくことを
極端に避ける文化があるけど、
演技についても、
「この役はここで何を考えてると思う?」
などと質問をすると、
一生懸命、遠回りしながら
間違わないように、アバウトな
正論っぽい答えを出そうとする。
でありながら、答えを先に出すと
ほぼ「そうですよね」という
私はわかっていた的な
返答が返ってくるんだけど。
うーん。

役が何を考えているか聞いた時に悩むのは
「自分の答えに自信がない」か
「そもそもわかってない」か

どっちかだと思うけど、
あらかじめ台本を渡している段階では
自信がなくても、
ある程度の当たりをつけて演じないと
役が意志を持って行動できない。

そもそもわかってないのは
読解力と努力が足りないか、
演技は感情で演じるのだ正解だと
勘違いしている場合である。
(合わせ技もある)

感情で演じるのが正解だという人は
「台詞に感情さえ入れれば上手い」
と信じているので
台本を読み込まないことが多い
(感情を理解すると読むのをやめる)し、
台詞ごとに怒ったり笑ったりするので
人格が破綻したり、
誰を相手に喋ってるのか不明になったりする。

脚本は設計図で
役や台詞はその部品にすぎないのだ。
部品がそれだけで完成することはない。
そして部品には用途があり、
何かを支えたり、つないだりする。
役割や目的を見失って
部品だけで完結しようとするのは
間違っている。

規格に合わない部品など使われないのだ。

posted by ちゃぼ at 17:00| 東京 ☁| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

役者にとって必要な能力とは?

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役者に必要な能力について
考えたことがあるだろうか?

ほとんどの役者が
喜怒哀楽がスムーズに表現できることを
目標にしている。
その役に求められる感情を出すことが
演技のうまさだと思っている。

でもそれは初歩だ。
それだけができても役は演じられない。
それはいつも言ってることだ。

じゃあ何が必要か。
演技の答えは、
コロンブスの卵のように
知ってれば誰でも答えられる。
答えを聞いた後なら
理由だって言える。

でも、自分でそこに到達してなければ
身になっていないということだ。
俺は同じことを言い続けていて
ここでその答えを書いても
「ああ、そうだよね」で終わるけど。

この先言おうとしていることが
なんなのか、すっと出てこないなら、
それは自分では実感してないってことだ。

俺はすぐに自分の答えを
人に教えてしまう癖があるけど、
それでは考えさせることができないから
SNSなどでもやり方を変えることにした。

posted by ちゃぼ at 22:41| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月24日

脚本の読解力

脚本の中で、
盛り上がる部分って
いくつもあるんだけど、
それを役者が理解してないと
当然、盛り上がる演技は
できないわけです。

自分の出番のところしか
台本読まない人は多いけど、
本来、前後の展開を知らなければ
演技プランは立てられないはず。
たとえば、
盛り上げる効果が欲しいときは
声を高くするとか、ためるとか
間をあけるとか、そういうことが
必要になります。

もちろん演出が指示することもある。
だけど、それだって一から十まで
手取り足取り教えることはできない。
演出は演技指導ではないから。
限られた時間の中で調整を行うのが
演出の役目であって、
読解力のない役者の面倒を見るのは
演技のワークショップなどで
参加者がお金を払っている場合。
そもそも教えてくれるのを待っている役者は
自分で判断できる役者に
永遠に追いつく事が出来ない。

逆に、
自分の役をおいしくしようとして
盛り上げる場面ではないのに
間を取ったり、大仰な演技をする人も
いるけど、それはそれで作品を駄目にする。

やりすぎても不足していても
作品のバランスが悪くなる原因になるのです。

posted by ちゃぼ at 22:59| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月03日

演劇の力

stefano-stacchini-jhPSJDhiRyQ-unsplash.jpg

コロナで演劇が窮地になって
支援してほしいという声が上がった時、
それに対してマイナスな声が多かった。

演劇は不要不急のものだと。
やりたいやつがやってるだけだろと。

結構それにやられている人も
いるみたいだけど。
経済は人の生活に直結してるから
最優先で立て直さなきゃいけないのは当然。

ただ演劇で人の心を動かしたことのある人
演劇で自分の心が動いたことのある人なら
演劇の力は信じられると思う。
でも仲間に恵まれる幸運もあるのかな。
俺は一緒にやってる仲間の持つ力を
実際に見ているし、信じることができている。

誰かにとって必要で
誰かにとって必要ない、というのは
結構ほとんどの仕事がそうだ。

もちろん演劇はライフラインと比較すれば
必要とされる幅は狭い。けど、
必要としてない人の声に耳を傾けるより
必要としている人の声に耳を傾ける方がいい。

文化というものは
日本では大したものじゃないと思われているし
そうしてきたのは日本人みんなだ。
悔しければ文化の地位向上を目指せばいいし
めちゃめちゃ影響力のある演劇を作ればいい。

そのために今何をするか、だけだ。

posted by ちゃぼ at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月23日

無様に演じる

無様に演じられるのは
無様な自分を許容できる役者だけである。

コンプレックスを
きちんと見つめた者でなければ、
無様な自分を許せない=人に見せたくない。
結局心が無様な自分を隠して、
作り物で覆ってしまう。

そこから演技に大事なものが
取り出せないままでいる。

posted by ちゃぼ at 12:37| 東京 ☀| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

根源を演じる

mario-purisic-jG1z5o7NCq4-unsplash.jpg

演技は芝居の背景、役の背景をどれくらい
落とし込めるかで役の魅力が変わる。

人間というのは
宇宙にうまれた一つの生命であり、
むちゃくちゃ深く考えれば
すべてにつながっている。

人間も自然の一部であり、
人間を演じることは自然を演じることでもある。

銀河が生まれて
地球が生まれて
生物が生まれて
人類が生まれて
さまざまな歴史を経て
政治、経済、思想も変わっていき
そして
それでも人は
昔と変わらず親子関係、
恋愛関係等の人間関係や
金銭や生活や病気のことなど
様々なことに悩んで暮らしている。

人間が世界と切り離せないように
役も世界と繋がっていることを
根源にするべきだと思う。

芸術というものは
どんな奇抜な表現方法を経ても、
「根源」は人間と自然から離れない。

posted by ちゃぼ at 18:00| 東京 ☔| Comment(0) | 演技論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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