2017年06月04日

誰に認められるべきか

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人は誰でも認められたい。
人間は意志を持ち、言葉を手に入れ、
自己の存在を認識できるようになった。
人が生存のために社会を形成してからは、
生きていく理由と存在の証明を求められている。
社会の中で本能は、単純な生命の維持だけでは足りず
生存が脅かされると感じているのだ。

人は自信がないほど存在の証明に固執する。
たとえば
成績がどれだけいいか、
運動がどれだけできるか、
お金をどれだけもっているか、
有名人とどれだけ知り合いか、
友人がどれだけ多いか、
どれだけ愛されているか
どれだけいい子でいられるか。

私は生きていていいのだ、という根拠。
それを強く感じていたいということ。
名声や権力を求める欲求。
人より優れていたい。
自分より多くを持っている者を貶めたい。

誰に認められたいのか。
誰に認められるべきか。

それを見つけることが、とても大事だと思う。
どういう物差しでそれを判断するか。
その見識と決断力を身に着けることで
承認欲求はある程度はコントロールできる。
認められたい人を決めるということは
生き方の方向をつけることだ。

本当に自分を認めてもらいたいと思える人は、
それほど多くはないだろう。

posted by ちゃぼ at 14:49| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする